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桜の森の満開の下
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     この季節になると、読み返す小説があります。「桜の森の満開の下」坂口安吾・作です。安吾は、太宰治のライバルとして並び称された作家で、「堕落論」とともに、代表作です。あらすじは、こうです。

     「むかし、鈴鹿峠に住み着いた、山賊がいました。ずいぶんむごたらしい男で、街道へでて情容赦なく着物をはぎ人の命も断ったのです。

     何一つ恐れるもののない男が、唯一怖かったものは、鈴鹿の山の中、桜の花の満開の森でした。花というものは怖しいものだな、なんだか厭なものだ、そういう風に腹の中でつぶやいていました。花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。自分の姿と足音ばかりで、それがひっそり冷めたいそして動かない風の中につつまれていました。花びらがぽそぽそ散るように魂が散っていのちがだんだん衰えて行くように思われます。それで目をつぶって何か叫んで逃げたくなりますが、目をつぶると桜の木にぶつかるので目をつぶるわけにも行きませんから、一そう気違いになるのでした。

     ある日、男が八人目の女房にすべく、亭主を切り殺して奪ってきた女は、たいそう美しかった。

      女はたいへんわがままで、贅沢好みで、残忍な性格でした。男の家に着いたとたん、前の六人の女房をすべて切り殺させ、一番醜い、びっこの女房だけは、女中で残しました。女のたっての希望で、三人は山を下りて、都で暮らすことになりました。男は、女に命じられるがまま、夜ごと金持ちの家に強盗に押し入って、家財と住人の生首を持ち帰ります。女が楽しんだのは、天井から無数につるした生首を使う、ごっこ遊びでした。

      男は、都の生活になじめず嫌気がさします。山に帰ろうとします。女の欲望は限りなく、満足するということがないのです。

     男は、女をおぶって、桜の花の満開の森にさしかかります。すると、女が鬼だったことに気が付くのです。鬼はぐいぐいと、男の首を絞めます。桜の森の真ん中で、男は、振り落とすと夢中で、鬼を絞め殺します。屍は、元の美しい女でした。女の顔に触れようとすると、女は掻き消え、花びらが残るばかりでした。女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになっていました。そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の身体も延した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりでした」

     もし山の中に、桜の森があったなら、夜の満月の下で、はらはらと音もなく散る下にいたら、限りなく孤独かもしれません。桜の幹は真っ黒く、花びらは地面を白く埋め尽くしていく。

     この五年後に書かれた「夜長姫と耳男」も、中世を舞台にした説話文学の傑作です。この「美しい女」も「夜長姫」も、とてつもないむごたらしさと、狂気を持っていて、主人公の男は翻弄されるのです。彼女たちは、残酷な芸術の女神なのかもしれません。男たちは、芸術の求道者を象徴しているのかもしれない。

     どちらも、とても濃密な物語です。何度読み返しても、新鮮です。新鮮なのは、情けないことに、いまだ解題できていないからでしょう。

     おすすめの短編小説です。

     

    文責・藤本邦彦

    | 映画・本 | 18:34 | comments(5) | - |
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      | - | 18:34 | - | - |
      コメント
      桜の森は大傑作ですね。夜長姫は最近はじめてよみました。これも傑作ですね。
      | カツ坊 | 2017/04/11 11:03 PM |
      坂口安吾は、堕落論しか読んでいないのでこの機会に読んでみます。岩波文庫がよさそうですね。以前メールでご紹介下さった本は、感銘を受けたので友人、知人に勧めています。
      | chacha003 | 2017/04/13 3:14 PM |
      みなさん、書き込みありがとうございます。
      たぶん、いろんな文庫に入っていますね。
      ネット検索でタイトルを入れると、「青空文庫」というページで、全文が画面で読めます。味気ないですけど、短編ですからね。
      「桜の森の満開の下」は、映画や舞台にもなっているみたいですが、まだ見ていません。
      とにかく、この2作を読むと、安吾はやっぱり天才だったと、この感性に感服します。
      | 藤本邦彦 | 2017/04/13 8:23 PM |
      青空文庫で読んでみました。二つとも鬼気迫る作品ですね。久しぶりに良質の文学に触れた気がしました。
      スマートフォンの専用アプリで読んだのですが、ルビがずれることもなく、青空文庫は凄く読みやすくなっています。
      坂口安吾の作品を少しずつ読んでいますが、肝臓先生も好きになりました。映画も観たのですが、原作と少し違いますが戦時下の雰囲気をよく表してると思います。
      | chacha003 | 2017/04/17 9:40 PM |
      さっそく読んでいただいたんですね。
      ほんとうに,すごみがありますよね。よく、こんな話を構想できるものだと、つくづく感心します。
      | 藤本邦彦 | 2017/04/19 6:09 AM |
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