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「季語百話」高橋睦郎著
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     久しぶりに、すばらしい本に出合いました。

     高橋睦郎著 中公新書 「季語百話 花をひろう」です。

     

     

     「もとより暦は稲作とともに大陸から輸入され、国家による国民の統制のために、根強く浸透させられたもので、中国内陸部の気候に合わせた暦は、日本の風土とは異なっている。そこでかえって日本の祖先は季節に対して、師匠の中国人より季節に過敏になったのではないか。

     中国渡来の花は、菊、梅だったがやがて日本人は、自前の桜をめでるようになった。それから様々な草木の花、そこに寄ってくる鳥獣虫魚、そして人間にも目を向けるようになったのだ。

     季語というもの、和歌や俳句という日本の短詩に欠かせない。日本は温暖で四季が明確で、日本人は四季に敏感だとされる。だが本当だろうか?自然破壊のすすむ現在、季語は私たちが日本人であること、いや、人間であること、生物の一員であることの最後の砦である」

     

     前書きでこんなことをおっしゃっています。

     春、夏、秋、冬、新年に分けて百の季語を取り上げています。

     一項目につき季語の解説と、万葉集など先人の和歌から俳句の紹介。新書の見開き2ページ、あっという間に読めそうな千字足らずのなかに、近現代詩、漢詩、西洋文学、ギリシア神話、東洋史、植物、昆虫学、民俗学、民族学までをも視野に収める博覧強記にただ感服します。アンソロジーなのですぐに読めそうなのに、和歌の古語がなかなか読みくだせないのとその奥深さに、読破に時間がかかってしまいました。

     

     極めつけは、新年の項の「餅」。

    「花に飾りの意味があるならば、正月の花の代表は鏡餅ではあるまいか。一説に鏡餅のモチは望月のモチともいう。そして色は雪白。ということは、一つに月・雪・花を兼ねているということである。これを花の中の花といわず、何といおう」

     

     いや。恐れ入りました。鏡餅もが花であるとは!!

     「花は、植物は、すべての生命、さらに非生命、無を含めたありとあらゆるものは美しい。その美を讃えるために、季語はある。そして、季語の代表は、いみじくも能楽の大成者世阿弥が美の最高の境地を花の一語で示したように、花なのである」

     

     著者はただの詩人ではないです。

     先生に触発されて、ちゃんと読まなくてはと誓ったもの、朔太郎、犀星、万葉集、雨月物語などなど。

     ちゃんと読んでないもののなんと多すぎる事か・・・いまから取り返しはつかないと思いますが、がんばってみます。

     

    文責・藤本邦彦

     

     

     

    | 映画・本 | 21:36 | comments(2) | - |
    衝撃の映画
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      最近見たドキュメンタリー映画がいろんな意味で衝撃的だった。

       

      三上智恵、大矢英代監督 「沖縄スパイ戦史」

       

      ほとんどはたくさんの当事者へのインタビューで構成され、次第に一本の線につながっていく、そんな映画だった。

       

      第2次世界大戦末期、唯一日本で一般住民を巻き込んだ地上戦が行われた沖縄戦。米軍が上陸し20万人余りが命を落とした恐ろしい出来事。

      私は植木屋になる前、何度も沖縄に行き、様々な場所で沖縄戦の爪跡へ出向いた。そして多くの学生を連れてひめゆり学徒隊の話を聴いたり、ガマの中に入ったりして一緒に学び、感じ、考えてきたつもりだった。ただ、それらは全て、沖縄本島の中部から南部にかけてのことで、北部はそれほどでもなかった、という認識だった。

       

      だが、そうではなかった…。

      戦後、70年以上語られることのなかった沖縄本島北部での「秘密戦」の数々。ゲリラ戦やスパイ戦、そして住民同士のスパイ虐殺…。

       

      …スパイ教育を受けた「陸軍中野学校」出身のエリート青年将校(北部に行った二人は22歳!)が少年ゲリラ兵を育て、戦場へと向かわせる。またこれは本土決戦の予行演習でもあった。

      …爆弾を背負って米軍の戦車に突っ込んで行く時、(幸いこの方は突っ込まず、生き延びた)10代半ばの少年ゲリラ兵は「生まれて来なければよかった。生まれなければ母親を悲しませずに済んだのに」と語った。

      …ゲリラ兵は結束を固める為、同じ村、同じ集落の幼なじみでグループを作った。また、優秀な子供だけを選抜し、そのために加担したのはそれぞれの村の代表や教員!だった。

      …八重山諸島の人たちは日本軍の都合で強制移住させられ、マラリア地獄となる。

      …本島最北端の村で起きた住民同士のスパイ虐殺。兄を殺された方は2年前にはじめて口を開き、その事実が明らかになる。殺してしまった方が亡くなってやっと語ることが出来たのだ。どちらも70年以上その事実を抱えながら同じ小さな村で生きてきたことは想像に絶する。

       

      たくさんの知らなかったこと、知らされなかったことも衝撃だったが、違う意味で衝撃だったこと、それは…、

       

      自然豊かな北部、いわゆる「やんばる」と呼ばれるところへ私は何度も行った。それはある意味では戦争を感じることなく、思いっきり自然を感じ味わうため。また、生活は苦しくても人間らしい、豊かな生活をつくられているオジイやオバアに会いに行くため。これらのことは自分の生き方を考えさせてくれた。(7年前から植木屋と音楽の二足のわらじで歩いていますが、その決断をしたのも学生と一緒にやんばるに行った旅が大きいのです)

      そのやんばるの山の中での74年前にあった出来事、そして、たくさんの楽しい話をして下さったオジイやオバアが沖縄北部での「裏の戦争」を体験していた、という事実。

      全てを受け入れてくれるようなオジイやオバアの包容力や優しさは、74年前の体験をくぐり抜け、生き延びて、大自然の中で日常をつくってこられたからかもしれない、と今、感じている。

       

      東村山中央公民館での1日だけの上映はたくさんの人が観に来られていたが、その中にあの戦争を体験されたであろうおじいちゃんおばあちゃんがたくさんいらっしゃったこともとても衝撃を受けた。わざわざしんどい思いをして観なくても…、と思うが、同世代を生きてきた沖縄の人たちの思いを少しでも共有したい、ということだったのか。

       

      大変な映画だが、是非若い人たちに観て、感じて欲しい。思想や宗教、人種などを超えて、「自分とは違う」ことを認め合いながら新しい世界をつくっていくためにも、オジイ、オバアの口を開いた勇気や意味、思いを受け取る責任があると感じている。

       

      文責 名和田俊二

       

       


       

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      | 映画・本 | 01:39 | comments(1) | - |
      『獄友』来るべきもの
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        ポレポレ東中野にて絶賛公開中のドキュメンタリー映画、『獄友』を観て来ました。

        『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』、『袴田巌 夢の間の世の中』に続く、金聖雄監督のシリーズ第3弾です。

        石川一雄さんと袴田巌さんに加え、今回は「布川事件」の桜井昌司さんと杉山卓男さん、「足利事件」の菅谷利和さんたちにもスポットが当てられます。


        映画はフリージャズのような息を飲むドラムソロで幕を開け、トランペットやベースやピアノやテルミン!などのやはりスピリチュアルな素晴らしいソロ演奏が、冤罪被害者である登場人物それぞれのシークエンスのBGMとして、当時の事件のモノクロの記録映像や写真と相まって緊張感を生みます。


        劇中の音楽を聴いていてふと、3年前に亡くなったオーネット・コールマンという音楽家のことを思い出しました。

        フリージャズなんて言うとちょっと取っ付き難いイメージがあるかも知れません。突き詰めていくと正直音楽だかなんだかよくわからなくなって、現代音楽なんかとの境界もはっきりしない部分はあるし、もとより音楽が思想云々を纏いだすと極端に詰まらなくなったりもします。

        だけどこのオーネット・コールマンらが発明したいわゆるフリージャズと呼ばれる音楽の、メロディ、コード、リズムなど西洋音楽の制約や構造からの脱却であったり、或いは当時の黒人ミュージシャンたちの人種差別への抵抗や解放への切なる願いといった表現の下地となるもの、特に南部出身のオーネットはこの問題に対する意識が強かったのかも知れませんが、そういったこの種の音楽が持つ背景や文脈、自由というものに対する姿勢が、この映画の物語のテーマと重なるところがあって、今回の作品のこの音楽的アプローチがなんだか勝手に腑に落ちたりもします。


        物語に話を戻すと、やはり皆、奪われて失われた時間に対する苦悩や葛藤をそれぞれ抱えながらも、人並みの社会生活の中で手探りで自由を求めて生きていく姿が描かれます。

        石川さんは毎日体を鍛えながら自身の無実を訴え続け、袴田さんは拘禁症と闘いながら少しずつ現実世界へと希望へと歩み出し、桜井さんは自ら作詞作曲した曲を涙しながら高らかに歌い、菅谷さんは生まれ育った街に戻り孤独と向き合いながらも法制度や権力に声を上げます。

        皆それぞれ違う街に住み新たな人生を送っているけれど、誕生日を祝いに駆けつけたり、コンサートを聴きに駆けつけたり、体調を崩したら見舞いに駆けつけたりと、情深い絆で支え合い、新たな自由やこれからの幸せを共有していこうとしている様に見えます。

        そんな彼らは皆共通して、クシャっとした屈託のない笑顔を時折みせます。

        やましさや後ろめたさなど微塵もないけれど、どこかある種の照れが見え隠れするようなそんなクシャっとした人間味溢れる笑顔がなんだか妙にこちらを惹きつけます。


        そしてエンドロールの素晴らしい大合唱大団円。映画ってやっぱりイイなぁと思わせてくれます。


        劇場を出る時、あまり若者の姿を見かけなかったのが少し気になりました。

        死刑制度と冤罪の問題、差別意識と同和問題の歴史、またメディアリテラシーについて、あらゆるメディアやSNSなどで拡散される膨大な情報の渦の中で、飲み込まれる脆弱な個人の主観の危うさ、その拠りどころなどなど、本当に様々な社会問題ついて、そしてそれに対峙する個人について考えるきっかけになるので、もっともっと10代、20代、30代の若い世代が劇場に足を運んで観るべき映画だと思いました。



        文・神田

        | 映画・本 | 23:11 | comments(0) | - |
        最近、「〜とも」がはやってます!
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           さっこん、「〜とも」というのが、はやっているんでしょうか?ふたつご紹介します。

           一つは、映画「獄友(ごくとも)」です。

           

           

           わたしの畏友、ドキュメンタリー映画監督、金聖雄(キム・ソンウン)氏はつねづね社会的弱者に寄り添う、やさしい視線でドキュメンタリーを撮ってきた人で、一貫した姿勢に感服しております。キム氏は、このところ、ずっと冤罪にこだわって映像を作ってきました。「SAYAMA見えない手錠をはずすまで (狭山事件)」 「袴田巌 夢の間の世の中 (袴田事件)」に続く、冤罪三部作というべき、三作目「獄友」が完成しました。冤罪を訴え続ける5人の当事者たちの、記録映画です。 

           だからといって、まゆの根を寄せてみる、肩の凝る映画ではありません。笑いのある温かい視線の、支援の映画です。映画は、ポレポレ東中野で3月24日から公開されます。ぜひ、ご覧になってください。

           チケットは 042-316-5567 キムーンフィルムに、お問い合わせください。

           

           

           もう一つは「ネコトモ」展です。

           あす2/22ネコの日から、2/28までの一週間のみです。リベストギャラリー 吉祥寺東町 0422-22-6615です。漫画家「いしかわじゅん」氏が、猫好きアーチスト13人に声をかけて、平面から立体まで集めた、楽しい展示です。わたしの注目は、南クウクウさん、ミロコマチコさんです。

           ネコ好きは、ぜひ、お出かけください。

           

           

          文責・藤本邦彦

           

          | 映画・本 | 22:52 | comments(0) | - |
          ヒゲをそろうが、そるまいが。
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             ふと、気になったことがあります。一部の男たちはなぜ、ヒゲを生やしているのでしょうか?

             たいていの男性は、毎朝きちんとヒゲを剃って、外に行かれることでしょう。先日床屋さんで聞いたら、ヒゲがあるのは感覚として10%以下でしょうといわれました。ところが私の周囲は、恥ずかしげもなくヒゲを生やした連中ばかりなのです。

             うちの男性スタッフの神田も、名和田もヒゲ面。女性スタッフの、小川、森井の連れ合いもヒゲ面です。友人の紺野氏、キム氏、高部氏、佐藤氏も、京都の林ちあんも、カツ坊氏も、うちのネコの金坊もヒゲ面です。しかも、さっき鏡を見ましたら、私もヒゲ面なのでありました。なんということでしょう!!

             

             

             ヒゲというもの、時代によって、はやりすたりがあった様子です。日本では、戦国武将は、強さを強調するために、こぞってヒゲを蓄えたそうです。ところが江戸時代は、ヒゲは反社会的で厳禁とされた。明治になると、政治家たちが西洋のまねでみな生やしだした。昭和のサラリーマンもヒゲはご法度でした。記憶に残るヒゲは、田中角栄や、ドリフのカトちゃんなんかでしょうか。

             そもそも、日本人はそれほどヒゲが濃くない。世界では、宗教的な理由からカミソリを使わない、特にイスラムやユダヤ教の人たちは、立派なヒゲを蓄えていますね。先日イスラエルのサッカーチームを見たら、全員同じひげ面で見分けがつかなかった。

             スペインの産んだ天才画家に、ピカソとダリがいます。ピカソが二十数年早いけど、ほぼ同時代を生きました。ピカソはスキンヘッドで、あごもつるつるです。一方のダリは、黒髪の細面で、眼をめいっぱいに見開き、びよーんと細長く上向きに固められた口ひげが、最大のシンボルでした。

             画業は、ピカソは実に多彩、技法も刻々と変化し、しかもいつも超売れっ子でした。ダリは、幻想的でシュールな超写実技法でした。美術界のエンターテイメントがピカソで、ダリはかなり職人的な仕事だったように思います。・

             お目にかかってないのでわからないけれど、ピカソは、たいへん社交的な商売人でもあったのに対し、ダリは、大変人として有名でした。ダリの風貌も、まさに、自身を売り出すためのシンボルとして意図的に磨き上げられたもので、ヒゲと大きな目、高い鼻を最大の武器にしたのです。数知れない奇行と風貌のわりに、実はとてもシャイで、神経の行き届いた常識人だったともいわれます。艶福家ピカソに対し、ダリは愛妻ガラの一筋でした。

             児童文学者、今江祥智さんの「ひげのあるおやじたち」を読みました。江戸時代、ある藩の圧政と、城主の息子の横暴に、最下層の名もなき「ひげおやじたち」が結束して、知恵と工夫と体力で立ち向かい、ひっくり返す痛快な物語です。ところが、差別表現があるとクレームがついて、重版時に回収、絶版になってしまいました。私の読む限り、この決断はちょっと忖度が過ぎたのではないかと思いますが。その後数十年を経て、「ひげがあろうがなかろうが」のタイトルで、書き直し新作の表題作と旧編の合本が、解放出版社から出ています。新作もテンポのいい言葉運びで読ませますが、旧作のほうが物語のまとまりがあり面白いと思います。新作は、少年と、その父親のヒゲおやじが主人公です。ラストは、まだヒゲのない少年が、亡くなった親父さんの遺志を継いで権力に立ち向かう決意を固める、その意味を込めてたぶん「ひげがあろうがなかろうが」というタイトルなんだろうと思います。ただ、レジスタンスの主人公がちょっと超人過ぎて現実味が乏しく、冗長で飽きてしまいます。まあ新旧どちらの「ヒゲおやじ」たちいずれも、反権力、反骨で、好き放題ヒゲを生やしているのです。

             私がいつからヒゲを生やしたんだろうと、つらつら思い返してみました。私が、サラリーマンをやめて、社長と二人だけの、会社ともいえないような会社に移った30年前。ヒゲを生やしてみればと言われたのがきっかけでした。いちどやってしまうと、無精者にはとても楽です。

             数人に、なぜヒゲを生やしているのか取材してみました。スタッフの名和田は、当時勤めていた学校に抗議の意味で、生やしだしたといいました。佐藤さんは、仕事で役所に交渉に行くのに、なめられないようにというのが、きっかけだったそうです。神田は、いつの間にかだったそうです。カミソリに弱い、無精できるという理由も多いです。

             どうやら、ヒゲを生やす理由は、組織に縛られていない自由人という表明。わしらは他人とちょっと風体が違っているけれど、大丈夫!安全ですよって、意思表示のような気がします。世の中のヒゲおやじは見た目と違い、意外と内気で気弱、シャイで優しいことが多いのです。

             このようなわれわれですが、どうぞ、変わらぬおひきたてのほどを、よろしくお願いいたします。

             

             

            文責・藤本邦彦

            | 映画・本 | 10:25 | comments(0) | - |
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